弁護士職務基本規程の第30条1項によれば、「弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならない。」と定められています。そのため、「受任する事件が、法律相談、簡易な書面の作成又は顧問契約そのほか継続的な契約に基づくものであるとき」(同規定30条2項)など例外的事情がある場合以外は、弁護士は、事件を受任した際、委任契約書を作成する必要があります。
この委任契約書を作成する際、ご依頼者の方には委任状を作成していただくことがあります。委任状とは、ご依頼者の方から事件を受任したことを対外的に証明するために必要となる大切な書類です。
もちろん、委任契約書によっても、ご依頼者の方から事件を受任していることを証明することはできます。しかし、委任契約書には、着手金、報酬金の取り決めのほか、ご依頼者の方と弁護士との間で締結された秘匿事項も含まれていることがあります。そのため、委任契約書を、受任関係を証明するための対外的な書類とすることは望ましくないでしょう。
また、裁判所に対して、ご依頼者の方から受任したことを証明するためには、裁判所が指定する委任状を用いなければなりません。以下、弁護士が受任関係を証明するための委任状につき、代表的なものをご紹介いたします。
交渉事件で用いる委任状
最初に、貸金返還請求、損害賠償請求(交通事故等)などを、裁判手続を用いることなく、相手方と交渉を行うにあたって用いる委任状についてご紹介いたします。
交渉事件での委任状では、当然ではありますが、いつ、誰から受任したのか、ご依頼者の方の情報を記載しなければなりません。
そのため、日付、住所、氏名の記入及び捺印は必須です。(捺印の箇所は、氏名の横が一般的でしょう。)
ここで、使用する印鑑が実印である必要があるかどうかですが、一般的な交渉事件であれば、実印ではなく、認印でも問題はないでしょう。
しかし、例えば、不動産の売買契約締結、金融機関における預貯金の取引履歴の開示、病院の診療録等の開示など、基本的に、ご依頼者本人でなければ行うことができない事項を、弁護士が代理人として行う場合には、印鑑証明書を用意の上、委任状を実印にて作成していただくことになります。
次に、委任状には、どのような内容を受任したのか、ということを明記しなければなりません。例えば、貸金返還請求の交渉事件について受任した場合には、「貸金返還請求に関する交渉の件及びこれに関する一切の件」などと記載します。交通事故における損害賠償請求の交渉事件について受任した場合には、「交通事故における損害賠償請求に関する交渉の件及びこれに関する一切の件」などと記載します。
「これに関する一切の件」という記載ですが、貸金返還請求でも、損害賠償請求でも、弁護士の業務としては、請求することだけでは、紛争を解決することができません。例えば、請求をするにあたって、相手方の居所が不明の場合には、職務上請求により、相手方の住民票を取得する必要が生じます。また、請求したことで、相手方から支払いがなされたお金を、弁護士の預り口座で、一時的に保管をしなければならないこともあります。金銭を請求することだけではなく、そのための付随的な事項を委任事項に含めるために、「これに関する一切の件」という記載がなされているのです。
裁判手続で用いる委任状

次に、裁判手続(訴訟、調停)で用いる委任状についてご説明いたします。
裁判手続で用いる委任状でも、交渉事件で用いる委任状と同様に、日付、住所及び氏名を記入の上、氏名の横に捺印をします。
もっとも、裁判手続で用いる委任状では、どのような事件を受任しているのか、ということについては、より一層、明確に記載しなければなりません。
具体的には、当事者を明らかにするため、原告(申立人)及び被告(相手方)の名前を明記するとともに、裁判手続を行うための裁判所名を記載します。また、いかなる件において裁判手続を行うのか、事件名も明記します。例えば、貸金の返還請求に関する訴訟の場合には、「貸金返還請求訴訟事件及びこれに関する一切の件」などと記載します。「これに関する一切の件」という記載については、交渉事件で用いる委任状と同様に用いると良いでしょう。
また、裁判手続(訴訟・調停)においては、委任事項をより一層具体的に明記しなければなりません。訴訟手続においては、以下の項目を委任事項として記載します。
- ① 私(原告または被告)がする一切の行為を代理する権限
- ② 反訴の提起
- ③ 訴えの取下げ、和解、請求の放棄若しくは認諾又は訴訟参加若しくは訴訟引受けによる脱退
- ④ 控訴、上告若しくは上告受理の申立て又はこれらの取下げ
- ⑤ 手形訴訟、小切手訴訟又は少額訴訟の終局判決に対する異議の取下げ又はその取下げについての同意
- ⑥ 復代理人の選任
これに対し、遺産分割調停申立などの家事事件手続においては、以下の項目を委任事項として記載します。(第1に事件内容を記載し、第2に委任事項を記載することを前提としています。)
- ① 第1記載の事件について、申立人または相手方手続代理人としてする一切の件
- ② 前項の申立ての取下げ
- ③ 家事事件手続法(以下「法」という。)268条1項若しくは277条1項1号の合意、270条1項に規定する調停条項案の受諾又は286条8項の共同の申出
- ④ 審判に対する即時抗告、法94条1項(288条において準用する場合を含む。)の抗告、97条2項(288条において準用する場合を含む。)の申立て又は279条1項若しくは286条1項の異議
- ⑤ 前項の抗告(即時抗告を含む。)、申立て又異議の取下げ
- ⑥ 代理人の選任
被害者請求で用いる委任状

最後に、後遺障害等級認定のための被害者請求を行うにあたっての委任状についてご紹介いたします。
交通事故の後遺障害等級認定を行うには、「事前認定」と「被害者請求」という2つの手続があります。弁護士費用特約を利用することができるケースでは、くぬぎ経営法律事務所においては「被害者請求」を用いることが一般的ですが、弁護士が「被害者請求」を行うにあたっては、ご依頼者の方の委任状が必要となります。(病院の診療録等を取り寄せるために、委任状のほか、診療録等を取り寄せるための同意書も作成していただきます。)
委任状には、これまでご紹介した委任状と同様に、日付、住所及び氏名を記入し、氏名の横に捺印をします。注意しなければならないのは、この捺印は、認印ではなく、実印となります。そして、実印であることを証明するために、ご依頼者の方の印鑑証明書も用意する必要があります。(なお、被害者請求を行うにあたっては、ご依頼者の方の印鑑証明書だけでなく、弁護士会の発行する弁護士の印鑑証明書も必要となります。)
また、委任状には、件名として、交通事故の日時と場所を記載し、当該交通事故における「自動車損害賠償保障法に基づく被害者請求を行う件、及びこれに関する一切の件」と記載します。そして、委任事項については、「私(ご依頼者の方)がする一切の行為を代理する権限」と記載します。
もちろん、記載方法はこれに限らないとは思いますが、くぬぎ経営法律事務所では、このような記載を用いて、委任状を作成しております。
委任状に押す捨印とは?
なお、委任状の上部に捨印を押印しておくと、簡単な誤記がある場合には、修正することが可能となります。
例えば、損害賠償請求事件と記載すべきところを、損「壊」賠償請求事件と書いてしまったとします。このとき、「壊」の字を二重線で削除し、「害」と追記します。そして、捨印の近くに、「一字削除」「一字加筆」と記載することで修正することになります。ご依頼者の方から再び訂正印をいただく必要がないので、委任状に捨印を押印しておくことは便利でしょう。
まとめ
これまで弁護士が交渉事件や裁判手続などを代理人として行うにあたっての委任状について述べてきました。委任状とは、対外的にご依頼者の方との委任関係があることを証明する重要な書面でありますから、必ず作成するとともに、その記載内容にも不備がないように努める必要があります。本記事が委任状作成にあたってのご参考になれば幸いです。
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