合理的理由のない解雇や雇止めの増加
労働者が解雇や雇止めを受けた場合、収入が途絶え、生活に困窮することになってしまいますので、労働者にとっては極めて重大な問題です。労働事件において解雇や雇止めの有効性に関する問題はしばしば見受けられ、特に、新型コロナの影響により、今後、解雇や雇止めなどの労働問題が増加する可能性があります。
確かに、雇用主側にとっては、経営の悪化により、やむを得ず、解雇や雇止めを行わざるを得ない場合があります。
しかし、単純に経営の悪化というだけでは、解雇や雇止めが認められる合理的な理由があるとは必ずしも言い切れません。あくまで解雇や雇止めとは、その他の代替手段を尽くしての最後の手段と考えるべきであります。
仮に、労働者が受けた解雇や雇止めが、合理的な理由のない場合、労働者としては、その解雇ないし雇止めの有効性について争うことも考えることになります。
争い方としては、裁判手続においては、訴訟提起、労働審判、仮処分などがあります。本記事においては、裁判手続、特に仮処分(地位保全・賃金仮払い仮処分)につきまして、詳しくご説明をしたいと思います。
訴訟提起や労働審判とは?

裁判手続の中には、訴訟手続と労働審判という手続があります。
訴訟手続とは、具体的には、労働者が労働契約上の権利を有する地位を確認するという「地位確認の訴え」と、無効な解雇を行った雇用主側に帰責事由があるから、解雇後未払となっている賃金について請求するという「賃金請求の訴え」の2つを挙げることができます。
これら訴訟手続においては、終局的な解決を図ることができますので、争点が多く、事案が複雑な場合、選択すべき手続です。もっとも、訴訟手続は、終局的な解決を図ることができる分、解決までに長い時間を要します。もちろん、訴訟手続の過程の中で、和解が成立することもあり得ますが、経済的に困窮している労働者が最初に採るべき手段としては適切ではないことが多いかもしれません。
労働審判とは、労働審判官1名と労働審判員2名の3名で構成される労働審判委員会が、事件を審理し、調停の成立がある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には労働審判を下すという手続です。
労働審判は、原則として3回以内の期日で審理を終結することとされていますので(労働審判法15条2項)、紛争の迅速な解決を期待することができます。また、調停が不成立の場合でも、雇用の終了と引き換えに金銭の支払いを命じる審判を出すことができるなど、紛争の弾力的な解決を図ることも可能です。
労働審判は、早期解決という観点からは最も適した制度かもしれません。しかし、労働審判が下されても、2週間以内に適法な異議申立があると審判は直ちに効力を失い(労働審判法21条3項)、労働審判申立時に訴えの提起があったものとして、通常訴訟に移行してしまいます(労働審判法22条1項)。つまり、労働審判が下されても、異議申立がなされることにより、終局的な解決にはならない可能性があるのです。
早期解決、特に、雇用主側との間での和解が見込めるような場合には、労働審判は非常に有効な手段です。しかし、争点が多く、雇用主側との和解成立が難しい場合など、通常訴訟への移行が見込まれ、早期解決が難しいと考えられるケースにおいては、必ずしもベストの手段ではないかもしれません。
仮処分(地位保全・賃金仮払い仮処分)とは?
訴訟提起や労働審判が、紛争解決手段として相応しくない場合、仮処分(地位保全・賃金仮払い仮処分)の申立を行うことは検討に値するのではないかと思います。
地位保全・賃金仮払い仮処分とは、解雇された場合など、最終的には、通常訴訟でその効力を争うものの、本訴の判決が確定するまでの間に、労働者の生活が困窮する恐れがある場合に、その賃金の仮払いを求める手続です。
仮処分は、「仮」の手続ではありますが、雇用主側が賃金の支払いを拒絶しても、債権差押命令等の保全執行を行うことが可能です。
他方、労働審判のように3回の期日に限るという期日の制限はありませんが、審尋期日が概ね2週間に1回程度開かれ、また、和解に至らない場合には、概ね申立から3か月程度後に決定を下すという方針の下で行われていることから、通常の裁判と比べると格段に早期解決に向けて審理が進められます。
和解についても、審尋期日の中で、可能な限りの交渉が試みられますので、労働者の賃金の支払いを可能な限り早期に確保するという観点からは、最も適した方法と言えるかもしれません。
なお、この賃金の仮払いを求める際に、解雇の無効を争うことから、労働契約上の権利を有する地位を仮に定める「地位保全の仮処分」も、「賃金仮払いの仮処分」と同時に申し立てることが一般的です。もっとも、地位保全の仮処分については、現実の就労を必要とする特段の事情がなければ、保全の必要性は認められない傾向にあります。
仮処分(地位保全・賃金仮払い仮処分)のデメリットとは?

もっとも、仮処分(地位保全・賃金仮払い仮処分)にもデメリットがあります。それは、仮処分(賃金仮払い仮処分)が認められるには、労働者が生活を維持するために、早期に賃金が支払われなければならない状況であるという「保全の必要性」を立証しなければならないということです。
「保全の必要性」を立証するためには、まず、労働者が保有する通帳の写しを提出しなければなりません。また、月々に必要な生活費の金額を明らかにするために、家計全体の状況を記す家計簿(申立前3か月程度)やその支出を証する領収書等を提出する必要があります。さらに、預貯金以外にも、労働者が保有する資産、例えば、株式、有価証券、保険の解約返戻金などについても、資料を開示しなければなりません。
仮に、労働者に多額の資産がある場合や、その他の家族が十分な収入を得ているような場合には、「保全の必要性」が認められない可能性があります。
また、「保全の必要性」が認められる場合でも、これらの財産状況や支出状況は、相手方である雇用主側にも提出しなければなりません。プライベートに関わる情報を開示しなければならないということは、この仮処分という手続の最大のデメリットと言えるでしょう。もし、このデメリットを受け入れることができないということであれば、訴訟提起や労働審判を選択した方が良いと思われます。
仮処分において必要な資料とは?
仮処分においては、「保全の必要性」に関する資料のほか、「被保全権利」、つまり労働契約上の権利を有すること、賃金支払請求権を有することを証明(疎明)する資料を用意する必要があります。
まず、雇用主側から、解雇通知書ないし解雇理由証明書を発行してもらう必要があります。解雇や雇止めの有効性を争うには、当然ですが、解雇や雇止めを受けたこと、及びその理由を雇用主側から示してもらわなければなりません。手続を進める上でも、これらを雇用主側から発行してもらうことは不可欠です。
なお、ハローワークに提出する離職票に解雇や雇止めの理由が記載されていれば、この離職票によっても上記立証は可能です。
また、勤続年数や労働条件について証明するために、雇用契約書、給与明細書、源泉徴収票なども必要です。(就業規則の写しも可能であれば用意した方が良いでしょう。)
特に、仮払いの対象となる賃金は、一般的に基本給がその対象となります。その金額を算出する上でも、給与明細書は不可欠といえるでしょう。
さらに、これまで解雇や雇止めがどのような経緯でなされたのか、労働者の陳述書も用意しなければなりません。雇用主側からは、解雇や雇止めではなく、退職の合意があったと主張される可能性があります。退職の合意の有無は、このような解雇や雇止めの事案においてはしばしば争点となります。特に、解雇や雇止めがなされる直近の雇用主側とのやり取りは極めて重要な事情となるでしょう。
他方、雇用主側としては、退職の合意があるのであれば、後のトラブルを防止するために、合意解約書などの書面を残した方が良いでしょう。
仮処分の審理では、書面による立証が極めて重要です。労働者、雇用主側いずれにとっても、可能な限り書面を残しておくことは、後の審理の円滑化を図ることができるので、双方にとってのメリットと考えることができます。
(なお、労働者に未払の残業代が発生している可能性がある場合には、タイムカードの写しも入手しておくと良いでしょう。)
失業保険の受給
仮処分の審理が進行していても、その間の収入は確保しなければなりません。そこで、解雇や雇止めを争いながらも、「仮給付」として失業給付を受けることを試みることになります。
「仮給付」は、裁判外での交渉中の場合には給付を受けることはできませんが、解雇や雇止めを争っており、係争中であることを示す文書(裁判所の事件継続証明書など)を提出することで、「仮給付」の受給が可能となります。
もっとも、「仮給付」を受けるには、ハローワークに「離職票」を提出しなければなりません。そのため、解雇や雇止めを争う場合にも、「離職票」については、雇用主側から受け取っておくべきでしょう。
なお、「仮給付」なので、後に、解雇や雇止めが無効と判断された場合などは、受給した給付分を返還する必要があります。その点は、注意しなければなりません。
まとめ
これまで解雇や雇止めへの対処につき、一般論ではありますが、仮処分を中心として、ご説明いたしました。もちろん、どのような手続を選択するかどうかは、個別の事案によりますので、一概に決めることができるものではありません。しかし、仮処分という手続は、早期解決と解決の実効性の観点からは、一度は検討して良い手続ではないかと思料致します。
本記事が解雇や雇止めについてお困りの方のお役に立つことができましたら幸いです。
なお、個別の事案ごとにご相談をご希望の場合には、くぬぎ経営法律事務所では、労働者側、雇用主側を問わず、ご相談を受け付けておりますので、お気軽にお問合せいただければと思います。
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